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Travel Stories

Belgium F1ベルギーGP(スパ、フランコルシャン) [1999年8月]

SpaFrancorchamps2ベルギー東部のアルデンヌ地方にある、フランコルシャンという小さな町で行われた、F1ベルギーGPを観戦しに行った。F1観戦はモナコGP以来、5年ぶり、通算3度目。興味をちょっとずつ失いつつも、シカゴにいる時もブリュッセルに来てからも、ほぼ欠かさずTV観戦をしていたので、一応シーズンの動向やドライヴァーやチームについての知識はあった。

ただ、やはり、F1はTV観戦したほうが、レース自体の動向が分かりやすいが、GPに実際に運ぶと、レース自体の動向はどうでもよくなって、ただ、その雰囲気に酔いしれてしまう。ここフランコルシャンと隣町のスパは、ドイツ国境に近く、また、オランダやフランスからも車のアクセスがよいこともあって、観客が多国籍であり、ブリュッセルにいるようでもあった。トイレでのチップや屋台では値段が4、5ヶ国語とその通貨で書いてあるの当たり前であった。当然、それらの場所では4、5ヶ国の通貨も使用でき、ドイツ・マルクを使用する人が多くいたから、ドイツ人がたくさん来ていたことが明白であった。

モナコでも鈴鹿でもそうだったが、FMラジオはF1観戦には必須である。なぜならサーキット内の解説をラジオで聞き取ることができ、スピーカーや巨大TVスクリーンの近くにいなくても、レース状況を把握することができ、かつF1マシーンのエンジンの爆音から鼓膜を守ることも可能だからだ。ただ、このエンジンの爆音に関しては、5年前ほど耳が痛くならなかったのは気のせいだろうか。自分の鼓膜が厚くなったのか、それともエンジンに何らかのレギュレーション変更の影響が出ているのか。やはり、今回もフェラーリと無限ホンダのエンジンの音は甲高くて、良い音であった。さて、観戦したのは土曜日の予選と日曜日の決勝。その模様を、分けて書いてみる。

土曜日(F1フリー走行・予選、F3000決勝、ポルシェ・カップ予選)

Ferrari1朝、5時半にブリュッセルを発ち、7時過ぎにサーキットに到着。サーキットに近い駐車場に車を止め、早速サーキットへ足を踏み入れる。購入したチケットはブロンズといって、指定席ではなく決められた範囲内で自由に動けるチケットで、一番価格の安いもの(それでも21,000円だけど)。とりあえず、朝9時からのF1のフリー走行では、Kemmelという、Ferrari2かの有名な上り坂コーナーのEau Rougeをすぎてからしばらく続くストレートで観戦(写真左)。おそらく、ここがこの高速サーキット内でも最高速の出る場所であろう。ここもよい観戦場所の1つだが、TVスクリーンがないのが難点。フリー走行の第2セッション時には、Pouhonというコーナーへ移動する(写真右)。ここはTVスクリーンが2つも設置されており、なかなかよい観戦場所である。ここにはブロンズ・チケットでは入れないスタンドも設置されている。ブロンズ・チケット保有者にとっての難点は丘のような高台がないので、コースと同レベルの高さで見ることになり、ちょっとだけ見にくいところか。目の前を走り去るF1マシーンは、この中速コーナーでさえ、あっという間に通り過ぎって行ってしまう。ちなみに、午前のフリー走行では、ジョーダンのフレンツェンとウィリアムズのラルフ・シューマッハーが調子がよかった。

Takagi1午後のF1の予選は、また別の場所で観戦。今度は、Branchimontというここも高速コーナーとBus Stop Chicaneまでの短い直線があるところ(写真左)。ここはKemmelのように高台から観戦する形であり、木々の中からの観戦という、午後には直射日光も避けられる場所で、なかなかよい。TVスクリーンは近くにはないが、前述のPouhonのスクリーンが遠くに見え、双眼鏡があればそのスクリーンも確認できる。ここで予選を観戦し、決勝もここで見ることを決める。予選は、無難なところで、1列目にハッキネンとクルサードのマクラーレン、2列目にフレンツェンとヒルのジョーダン、3列目にはウィリアムズのラルフとフェラーリのアーヴァインといったところ。1998年にこのベルギーで初勝利をあげたジョーダンやラルフも頑張ってはいたが、マクラーレンの早さは1歩抜き出ている感じだった。高木 虎之助は19位といつもの場所。虎之助といえば、前述のラジオの英語担当の解説者のToranosukeという発音はカッコ良い。この長い名前を短くうまく発音しているのがいい(ちなみにこのFMはフランス語、ドイツ語と英語で放送されていた)。確かに、彼の名前は長く、アメリカのFox SportsというTV局では、"Toro Takagi"と略されていた。幾らなんでも、トロ高木(写真左)じゃ、寿司屋のマスターのようだ、と思ったものだった。

F1の予選は、2度の赤旗で中断された。それも、同じBARのヴィルヌーヴとゾンタが同じような箇所でクラッシュしたため。この後のF3000の決勝中も同じEau Rougeでクラッシュが発生して、この時もペース・カーが入って、ドライヴァーが救急車で運ばれる間、レースがスロー・ダウンするという光景も見られた。

レースや予選セッションの合間に、Eau Rougeの下のオフィシャル・グッズ売り場にも足を運んだが、気に入ったものが見つからず、結局ジョーダンのピン・バッチしか購入しなかった。ベルギーGPのオフィシャルTシャツはなかったんだろうか。

夜は車の中で寝袋にくるまり、その上から掛け布団を掛けて寝る。ちょっと冷え気味だったが、枕を持って来たのは正解だった。おかげでぐっすり眠れ、朝も寝坊したほどだった。

日曜日(F1フリー走行、ポルシェ・カップ決勝、F1決勝)

日曜日は決勝の日だけあって、朝早くからすごい人であった。サーキット内の売店で軽く朝食を済ませた後、土曜日に予選を見た、Branchimontへ急ぐ。前日とほぼ同様の場所に陣取り、1時間後のF1フリー走行まで横になる。F1のフリー走行でもまた、フレンツェンとラルフが好調。でも、プロストのパニスが3位に食い込んでいた。虎之助は相変わらず。でもあの緑色のヘルメットはマシーンのカラーに比べて際立って見えるので、同僚のデ・ラ・ロサと区別が付きやすくて良い。通常、ヘルメットの色で同じチームのドライヴァー同士を見分けるが、最後までプロストのドライヴァー同士は区別が付かなかった。マクラーレンもちょっと区別付きにいく色のヘルメットをハッキネンとクルサードはかぶっている。

ポルシェ・カップが終わり、いよいよF1の決勝。決勝では、ポールのハッキネンを押さえてクルサードがスタート後の第1コーナーである、La Sourceのヘアピンでトップに立つ。以下、予選からそれほど大きな順位変動もなく、レース周回数が重ねられていく。虎之助はなんとリタイア第1号になってしまう。しかも、スタート直前にTカーに乗り換えるというドタバタぶりだったが、そのTカーもスタートせず、DNSになってしまった。結局、決勝中は自分の前を通り過ぎずにリタイア。

Frentzen2レースの方は、マクラーレン、フェラーリ、ジョーダンといったトップチームは2回のピットストップ、ウィリアムズ、BAR、ベネトンといったところが1回ストップ作戦に出たが、結局、Alesi1スタートからトップに立ったクルサードが2位のハッキネンとの安定した差を保ってそのまま優勝。以下、ハッキネン、フレンツェン(写真左)、アーヴァイン、ラルフ・シューマッハー、ヒルという順。これで、ハッキネンがチャンピオン・シップではアーヴァインに1点差ながらトップに立つ。最後に6位の1ポイントを取ったジョーダンのヒルはさすがである。レース全体で目立ったのは、マクラーレンの安定した早さと、アレジ(写真右)の動き。来シーズンはプロストをドライヴするこのヴェテランは、非力なザウバーで予選中段から、際立った走りを見せ、次々と前方の車に襲い掛かっていっていた。最終順位は9位だったが、目立つ走りをしていた。

EauRouge2レース終了後は、コースに入ることができ、Bus Stop Chicaneからホーム・ストレート、La Sourceのヘアピンを通って、Eau Rouge(写真左)の下まで歩く。途中、ファンにサインしていたハーバートを見かける。彼は意外と背が低いのだった。レース終了後にすぐに出発しなかったにもかかわらず、それほど酷い渋滞にもあわずにフランコルシャンからスパを通って、ブリュッセル方面へ抜けることが出来た。普段は何もない田舎町(村と言ってもよいかも)なので、当然道路は片側1車線。近くにオートルート(高速道路)が走っているから、割と混まないのかもしれない。

車で行くのなら朝早くに着くことが良いであろう。キャンプ道具(テントやキャンピング・カー)があれば、専用の駐車場に止めて、キャンプを楽しみながら、GPも楽しむということも可能である。車以外のアクセス方法については詳しくは分からないが、フランコルシャンから10kmほど離れたスパから臨時バスが出ているようであった。スパにはベルギー国鉄の駅があるため、ブリュッセルや近隣の街から電車を使ってスパに入ることは出来るであろう。

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